福沢諭吉の名言集【『学問のすゝめ』より】


本記事では、日本史における知の巨人の1人である福沢諭吉先生の名言を『学問のすゝめ』より引用・紹介します。

もくじ

『学問のすゝめ』初編より

「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」といへり。

読み:てんはひとのうえにひたをつくらず、ひとのしたにひとをつくらず といえり。

福沢諭吉の人権観。

『実語教』に、「人学ばざれば智なし、智なき者は愚人なり」とあり。

読み:じつごきょう に ひとまなばざればちなし、ちなきものはぐじんなり とあり

福沢諭吉の学びに対する見方。

日本とても西洋諸国とても、同じ天地の間にありて、同じ日輪に照らされ、同じ月を眺め、海を共にし、空気を共にし、情合ひ相同じき人民なれば、ここに余るものは彼に渡し、彼に余るものは我に取り、互いに相教へ互ひに相学び、恥づることなもなく、互ひに便利を達し、互ひにその幸ひを祈り、天理人道に従つて互ひの交はりを結び、理のためにはアフリカの黒奴にも恐れ入り、道のためにはイギリス・アメリカの軍艦をも恐れず、国の恥辱とありては、日本国中の人民一人も残らず命を棄てて国の威光を落とさざるこそ、一国の自由独立と申すべきなり。

福沢諭吉の

  • 博愛の姿勢
  • 貿易(グローバリゼーション)に対する考え方
  • 合理主義
  • 当時の黒人に対する姿勢
  • 列強の軍事力に対する姿勢
  • 国家の自由独立に対する考え方

が表れています。

支那人などのごとく、わが国より外に国なきごとく、外国の人を見ればひとくちに夷狄々々と唱へ、四足にてあるく畜類のやうにこれを賤しめ、これを嫌ひ、自国の力をも計らずして、みだりに外国人を追ひ払はんとし、かへつてその夷狄にくるしめらるるなどの始末は、実に国の分限を知らず、一人の身の上にていへば、天然の自由を達せずして、我儘放蕩に陥る者といふべし。

福沢諭吉は、当時、アジア地域で最先進国であったシナ大陸の大国では、日本人を含めた外国人が卑しいものとして差別されるということを認識し、これを反面教師としていたようです。

彼の人権意識は、幕府下の身分制度に加えて、こういうところに根があるのかもしれませんね。

経書・史類の奥義に達したれども、商売の法を心得て正しく取り引きをなすことあたはざる者は、これを帳合ひの学問に拙き人といふべし。

知識ばかりを学ぶだけでなく、実際に価値の創造を実践すべきであること(実学)を強調しています。

『学問のすゝめ』第二編より

地頭と百姓とは有様を異にすれども、その権理を異にするにはあらず。

人の貧富・強弱は、様々な在り方があるのは当然だが、権利においては、平等であるべきであり、それぞれが命を重んじ、所有権が守られ、名誉を大切にされるべきだと述べています。

旧幕府の時代には、士民の区別はなはだしく、士族はみだりに権威を振ひ、百姓・町人を取り扱ふこと目の下の罪人のごとくし、あるいは切り捨て御免などの法あり。

福沢諭吉は、幕府下の身分制度を権利及び実利の両面で問題視していました。

一国の暴政は、必ずしも暴君暴吏の所為のみにあらず。その実は人民の無智をもつて、自ら招く禍なり。

世界に圧制をしく政府が存在するのは、人民の無学にも責任があると述べています。であるから、彼は学問をすすめるのですね。

『学問のすゝめ』第三編より

自国の富強なる勢ひをもつて貧弱なる国へ無理を加へんとするは、いはゆる力士が腕の力をもつて病人の腕を握り折るに異ならず。国の権義において許すべからざることなり。

国家間の平等を論じています。

『学問のすゝめ』第四編より

方今わが国の形成を察し、その外国に及ばざるものを挙ぐれば、いはく学術、いはく商売、いはく法律、これなり。

福沢諭吉は、列強に比して、日本では学術、経済、法律の整備が足りておらず、これらが国家の独立に不可欠であるとの認識をもっていました。

わが全国の人民、数千百年専制の政治にくるしめられ、人々その心に思ふところを発露することあたはず。

過去の日本の専制に対する問題意識です。

現代でも過去の日本を理想化する懐古主義などの思想がありますが、庶民にとっては、時代が進むにつれて生きやすくなっているのだということを思い出させてくれます。

近日に至り、政府の外形は大いに改まりたれども、その専制抑圧の気風は、今なほ存せり。

明治政府下で少しは改善したものの、未だ政治的な抑圧が存在していることを彼は認識していました。

新聞紙の面(おもて)を見れば、政府の忌諱に触るることは絶えて載せざるのみならず、官に一毫の美事あれば、みだりにこれを称誉してその実に過ぎ、あたかも娼妓の客に媚ぶるがごとし。

明治政府下でも、政府によるマスメディアへの介入が大きかったという認識ですね。

政府に都合の悪いことは書かず、行政の美談はことさらに強調していたようです。

現代でも、世界を見ればこのような様相を呈している国がたくさんありますね。

『学問のすゝめ』第五編より

蒸気機関はワットの発明なり。鉄道はステフェンソンの工夫なり。はじめて経済の定則を論じ、商売の法を一変したるはアダム・スミスの功なり。この諸大家は、いわゆる「ミッヅル・カラッス(ミドル・クラス)」なる者にて、国の執政にあらず、また力役の小民にあらず。

彼は、文明の興隆のため、政府は中流階級の工夫発明を妨げず保護することの重要性を認識していました。

『学問のすゝめ』第六編より

必ずその国法を守りて、身の保護を被るべし

福沢諭吉による端的な政府と国民の関係性。

政府が国民を保護する代償として、国民は法律を守らなければならない、という論ですね。

『学問のすゝめ』第七編より

理をもつて政府に迫れば、その時その国にある善政良法は、これがため少しも害を被ることなし。

福沢諭吉による、暴政府への対処法。暴力を用いずに、理性をかかげて変化を迫るべきであると。

暴力または内乱によって政治を変えられても、後の政府が暴政を敷くという認識のようです。

『学問のすゝめ』第八編より

人たる者は、他人の権義を妨げざれば、自由自在に己れが身体を用ふるの理あり。

福沢諭吉による個人の自由に対する見方。

他人の権理を犯さない限り、自由が保証されるべきだと。

そもそも世に生まれたる者は、男も人なり、女も人なり。

福沢諭吉の男女平等意識。

『学問のすゝめ』第九編より

わが日本の文明も、その初めは朝鮮・支那より来たり、爾来わが国人の力にて切磋琢磨、もつて近世のありさまに至り、洋学のごときはその源、遠く宝暦年間(1751〜64年)にあり。

彼の日本の文明に対する認識。朝鮮・中国から日本の文明の端が開かれ、明治政府の成功はさらに洋学を国民が切磋琢磨して発展させたという見方。

『学問のすゝめ』第十編より

ものの貴き所以は、これを得るの手段難しければなり。

ものの価値についての意見。手に入れることが難しいものほど価値が高いということ。

他国の物を仰いで自国の用を便ずるは、もとより永久の計にあらず。

行政や私企業で、外国人を雇ったり、輸入品に頼ることは一時的な策としては失敗ではないが、自国民を貶めることなく、自国民の学術を高めることを忘れてはならないという彼の考え方が見て取れます。

『学問のすゝめ』第十一編より

他人と他人の付き合ひには情実を用ゆべからず。必ず規則約束なるものを作り、互ひにこれを守りて、厘毛の差を争ひ、双方ともにかへつて丸く治まるものにて、これすなはち国法の起こりし由縁なり。

彼は、人間関係における約束事の重要さを認識しており、それを国に法律が必要である理由としています。

兵隊が政を議して自ら師(いくさ)を起こし、文官が腕の力に負けて武官の指図に任ずる等のことあらば、これこそ国の大乱ならん。

福沢諭吉も、シビリアンコントロールの重要性を認識していました。

『学問のすゝめ』第十二編より

演説とは英語にて「スピイチ」といひ、大勢の人を会して説を述べ、席上にてわが思ふところを人に伝ふるの法なり。わが国には古(いにしへ)よりその法あるを聞かず。

日本には、古来より演説の方法論がないという彼の認識。

ちなみに、演説という言葉は、彼がspeachの訳語として発明しました。

インドはすでに英国の所領に帰して、その人民は英政府の奴隷に異ならず。

福沢諭吉は、海外情勢もよく知っていました。

トルコの政府も、名は独立といふといへども、商売の権は英仏の人に占められ、自由貿易の功徳をもつて国の物産は日に衰微し、機を織る者もなく、器械を製する者もなく、額に汗して土地を耕すか、または手を袖にしていたづらに日月を消するのみ…(後略)

インドやトルコの不遇を理解していた福沢諭吉だからこそ、国の独立に対する焦燥感があったのでしょう。

『学問のすゝめ』第十三編より

およそ人間に不徳の箇条多しといへども、その交際に害あるものは怨望より大なるはなし。

怨望とは、ひがみの意です。彼は、びがみが人間関係における唯一の絶対的な不徳だと論じています。

例えば、金儲けなどの欲情についても、他人の権利を侵さず、法律を守っていれば、批判されるべきものではないということです。

『学問のすゝめ』第十四編より

智者といへども案外に愚を働くもの多し。

未来は誰しも分からないので、外からは一見愚かに見えることでも、当人に事情を聴けば納得できることも多いということを論じています。

『学問のすゝめ』第十五編より

信の世界に偽詐多く、疑いの世界に真理多し。

不動明王を信じて断食をして死ぬ者がいる一方、事物を疑って科学的真理に到達する科学者がいる、という図式を述べています。

文明の進歩のために物事の働きに疑問をもち真実を発明することをすすめています。

『学問のすゝめ』第十六編より

場所柄と時節柄とを弁別して規則あらしむるは、すなはち心事の明なるものなり。

宴会の時に道徳を説法をすれば笑われるだけであるし、家族の団欒に学生の討論を聞かせるのはおかしいことである。このような場所と時節を察して行動することが大切であると述べています。

『学問のすゝめ』第十七編より

人望は、もとより力量(肉体力)にて得べきものにあらず…(中略)…その人の活潑なる才智の働きと、正直なる本心の徳義とをもつて、次第に積んで得べきものなり。

福沢諭吉による「信頼の築き方」論。


以上で終わります。


学問のすゝめ (講談社学術文庫)


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